ささめ雪 まくら月

akiduki.exblog.jp ブログトップ

カテゴリ:京都( 7 )

松尾へ

 今日は桂川の罧原堤付近の桂川で有栖川沿いの自治会が筏流しをされるということで、参加してきました。集合は松尾橋の東詰だったのですが、行ったことなかった私は遅刻しまいと早くに家を出すぎて集合の約40分前に着いてしまいました。
ということで、松尾橋の向こうにみえていた松尾大社に行ってきました。d0050167_2254176.jpg
松尾大社は701年、秦忌寸都理が松尾山大杉谷の磐倉の神霊を勧請して社殿を造営したという。平安遷都後は賀茂社と共に王城鎮護の神となり、「賀茂の厳神、松尾の猛霊」と並び称された。1004年には一条天皇の行幸以来、たびたび歴代の天皇の行幸があった。古くから酒の神として信仰を集め、境内の霊泉の「亀の井」の水を醸造のときに混ぜると酒が腐らないと伝える。
(『京都・観光文化検定試験 公式テキストブック』より)

 私はあまりじっくりと見ることができなかったので、お参りだけだったのですが、境内にはお酒の資料館などありました。今度はじっくりいきたいな。

 そして時間になり、河川敷へ行き、筏に乗りました。子ども達はおおはしゃぎで、筏に乗るだけではなく、筏から川に飛び込んだり、筏を揺らしたり、筏から筏に飛び移ったりとパワーの違いを見ていました。子ども達すごいよ。水着の子も服のまんまの子も関係なくどんどん遊んでました。
 私はあまりのも暑くて途中からはテントで休憩。その間も子ども達は水切りをしたり、堰を作ったり、魚を追いかけたり・・・。夏休み最後のいい思い出になりました。
d0050167_22545892.jpg

[PR]
by snowdrop-fullmoon | 2006-08-27 13:58 | 京都

岩倉、実相院へ。

 今日は友人達と前々から行きたいといっていた岩倉実相院へ行ってきました。近所なのに、実は門前までしか行ったことない私。実を言うと近所なのであまり期待していなかったのですが、入ってみると、とってもお庭がきれいでした。
実相院は寛喜元年(1229)の創建とされもと天台宗寺門派の門跡寺院です。摂関家の子孫が代々入寺したため、岩倉門跡とも呼びます。応仁の乱かの戦火を避けるて今も町名が残る上京区実相院町の地から岩倉へ移りました。その後もたびたびの戦火にあったが、寛永年間(1624~44)に復興、当時の門跡であった足利義昭の孫である義尊の後を霊厳天皇の皇子義延親王が継ぐと、以後法統は代々皇孫をもって継承され、門跡跡としての寺格を有しました。建物は東山天皇の中宮承秋門院の薨去に際して大宮御所の建物を賜ったもので、今では現存する数少ない女院御所といわれている。
 参考:京都観光文化検定試験公式テキスト、実相院パンフレットより

d0050167_20241976.jpg

私の気に入った庭というのはこんな感じです。ちょうどこの前降った雪も残っていて、ちょっと寒かったけど、趣がありました。
d0050167_20245575.jpg

私が気に入ったのはこの手水。
ぼーとみていると、ちょろちょろと水が流れる音がして癒されました。
その手水のその上にちょこっとのせられた山茶花。
こういう演出もいい感じです。
d0050167_2025474.jpg

こういう雪の上に散ったモミジをみるとちょっと悲しくなる。
ここで一句といいたいところだけど、私にはそんな才能ないです(笑)
けど、同じ雪でもアスファルトの上にただ積っている雪とは全然違う気がする。
d0050167_20261646.jpgあと今年はなんやかんやで、紅葉を見にいけなかったけど、こんなモミジも美しかったです。
雪って普段の生活するときは寒いし、チャリに乗るの危険だからイヤだけど、お庭の雪はとても癒されました。
大きい写真載せたかったのですが、重たいので小さくてスミマセン(まるで写メサイズ)。
 もし機会があったらまた見に行ってください(*^ー^*)


※最寄駅は叡山電鉄「岩倉駅」より北向き徒歩15分ぐらい。または地下鉄烏丸線「国際会館駅」より、京都バスで「岩倉実相院」行き。
[PR]
by snowdrop-fullmoon | 2005-12-09 20:08 | 京都

京都自慢(?)のサント~リ~ぃ♪ありぱんぱーい♪

 今日は友人達と長岡京にあるサントリービール工場の見学に行きました。
もちろん最後にはビールの試飲付ですw(むしろこっちが目的だったり・・)

 サントリーの工場の一つが長岡京にあるのも、やはりここは水が豊富にあることでした。
ここは位置的にはちょうど桂川と木津川と宇治川の三河が合流するところのすぐ北側にあります。天王山もすぐそこに見えました。京都盆地は地下水が豊富で、この小さな京都盆地に天王山と男山の間にしか盆地の出口がなく、その盆地の水の量は琵琶湖に匹敵する量がから比叡山を挟んで両側に巨大な水瓶があるということを授業が聞いたことがあります。天王山をはさんで西側の島本にもサントリーのウイスキー工場があります。さすがサントリー、いい場所に広大な敷地を持ってます。けど、思えば水が豊富ということはいいことだけど、逆に言えば水が多すぎて水害になることも・・・。そのことを書き出すときりがないので、今日のことは横に置いときましょう!

 今日は工場自体は休みだったので、製造過程は見れませんでしたが、映像で見た製造過程圧倒しました。こうやって全国に発送されるんだとおもいました。今日見学行ったことはよかったと思う。
 帰りに、サントリーのモルツの4流系の飲み比べをしました。昔飲んだときは、全然違いが分からなかったけど、今日飲むと全然違いました。京都のは酸味が効いてすっきり。赤城のは甘くて飲みやすい。阿蘇はあっさりしていてさわやか。あと、忘れたけど(検索かけてもPCのセキュリティーが遮断してくるので)もう一つは味が濃いめでもっと飲みたくなる。という具合でした。あとザ・プレミアム・モルツ サントリーも飲みました。これは泡がクリーミーでポップ味の生クリームのようで、飲むと味がとっても凝縮されていて、香りも豊かでメッチャ美味しかったです。あと、モルツも一杯いただきました。
 ビールってこんなに美味しいんですね!去年沖縄に行ったときにおばちゃんが「オリオンビールは名護で生産して、そこからで輸送してるから輸送して間に揺られて味が落ちてしまう。名護から遠いほど味が落ちてしまう。だからやっぱり名護で飲むオリオンはうまいさー」と言っていた言葉を思い出しました。その通り、サントリーのこの工場で飲んだビールは店で買ってきたものよりずっと美味しかったです。どう美味しいかというと、同じビールやのに泡がきめ細かくて、とってもさわやか。とっても飲みやすいのです。今日のこの工場見学でもっとビールが好きになりました。

 あ・・これって企業の陰謀にはまってもた(・△・)???

 まあとにかく最近、酒飲み過ぎの煌月です。もうそろそろ、報告書がやってられなくなって、酒の見ながらPCにむかってるかも(笑)そのときはもちろんマラウイジンをお供にでねw

追伸:サントリーはゴミゼロで取り組んでいるといってたけど、環境をちょっとかじった私でも少し疑問なところがあった。さてさて、今日はこの辺で。私はゴミゼロの取り組みよりむしろこの地域の水の問題気になります。あれだけ大量生産に使って、この辺りの人たちの地下水が奪われてないかとか・・・。まあ、今はとにかく自分のやるべきことを進めます。
[PR]
by snowdrop-fullmoon | 2005-12-04 22:44 | 京都

カラクリだらけのお屋敷。

 今日は大宮御池下がるにある二条陣屋へ行ってきました。ここは江戸時代に京都に屋敷を持たない大名が入洛中の陣屋(宿舎)になった建物です。大名の身を守るために様々な工夫が凝らしてあります。

まずは防火。
漆喰で固めたムシコマドやで家を守り、敷地内にある井戸12個の内一つが枯れてもまた水が供給されるように全ての井戸がパイプでつながっています。また、井戸には貴重な文章を唐櫃に入れて井戸に入れることができるようにわざと四角に掘った井戸もありました。

敵に狙われないように・・・。
天井裏に通路があったり、押入れと押入れの間に隠れるスペースがあったり、隠し階段があったり、特に危険なお風呂(風呂に入る時は着物が薄いので狙われたら大変)の近くは槍が刀が振り回しにくくするためにわざと天井低くしてあったり。

武士は芸術にも長けている。
そのために一見普通に見える部屋も能の舞台の要素がおりこまれていたり、お茶のできる部屋もたくさんありました。

武士の遊び心。
ある部屋は屋形船をイメージした部屋になっていました。その部屋に入ると床が斜めってる・・・。それもそういう設計だそうだ。その床なんと四方の柱によってつるされているだけだとか。

 たくさん、説明あったけどこれぐらいにします。この家にある12個の井戸。地下鉄東西線の工事で枯れてしまったそう・・・。
 城が好きな私にとって、二条陣屋はメッチャ楽しいところでした。このカラクリすごすぎです。説明なかったら全然気付かないものばかり。またいきたいな~。

 ついでに神泉苑も行ってきました。
今はホントに小さな池ですが、昔は今の敷地の10倍もの面積だったそう。そのため二条陣屋の屋形船をイメージして作られた部屋は、窓から見える神泉苑の池にその部屋が浮かんでいるような気分にさせるように作ったものらしいです。
[PR]
by snowdrop-fullmoon | 2005-11-21 23:32 | 京都

東風吹かば匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

 私の大好きな一首です。
本文とはあまり関係ないけど、今日は天神さんに行ったので題をこうつけました。

 今日は私が日々お世話になっている「子どもと川とまちのフォーラム」の子ども達と紙屋川歩きに行きました。集合地点は北野天満宮。私は集合より早めについてしまったので境内を散策していました。モミジもほんのり色づき始め朝日に照らされとてもきれいでした。そういえば七五三の時期だったのでその家族らしき人もたくさん朝からお参りしていました。
d0050167_1102239.jpg







色づき始めた北野天満宮のモミジ

 
 北野天満宮といえば菅原道真。903年に道真が無実の罪で流されてしまった大宰府で死ぬと、以後の京都では雷火、地震などが起こりこれを道真の祟りとして974に祭って創建されました。その十数年後には学問の神様としても広く崇敬を集めるようになったと言われています。
            参考:ひとり歩きの京都

 紙屋川歩きの始まりは天神さんの境内をくぐって、梅花祭でしか入れないというトクベツな場所を今回の川歩きでは特別に入らせていただきました。その場所は御土居の場所でした。御土居とは豊臣秀吉が京都の城壁を兼ねて作った土の壁で、京都の市外を洛中、外を洛外に分けるという役割。他の要因として京都を水害から守るために作ったと言われています。京都の新京極三条を南にいったときにちょっと坂があるのはご存知でしょうか?「たらたら坂」と言われていますが、あれも御土居の遺跡と言われています。その御土居を下りて紙屋川の様子を見ました。やっぱり神社のすぐ横なので、川がとてもきれいでした。※一般の方はここへは入れません。
御土居はただ土が盛ってあるだけなので、その御土居が崩れないように楓が植えてあります。その楓はもうすぐすると真っ赤に燃えるように紅葉するそうです。見てみたいけど、私たちには見れません・・・。
d0050167_1122963.jpg







 真ん中に見える石樋は北野天満宮にある古井戸とつながっており、もしもの時の抜け道の役割を果たしていたと伝わっている。


 それから私たち一行は紙屋川を遡って、だいたい北大路の辺りまで来ました。途中の川では川に蓋をしてしまって駐車場になっているとこがありました。ここが典型的な「川に蓋」になりつつある光景を目の当たりにしました。この川に蓋をしたところの駐車料金は高くはないそうです。だからこの近所の家では駐車場になっている家がたくさんありました。あと、途中で川に降りたのですが、昭和10年の水害以降の河川改修で川が掘り下げてあったので、川底に下りるのが一苦労でした(´△`)

 今回歩いた紙屋川はすっと昔、「西堀川」と言われていました。私の調査地である堀川は「東堀川」と言われていました。平安京ができた頃大内裏を中心に対に作られた川です。これらは町の木材を運ぶために開削されました。堀川と比べるとまだ水が流れていて、生き物もいてマシでした。今回は遡ったけど、今度は下りたいなー。
d0050167_1154590.jpg

 現在の堀川通。側面は石でできているがそこは溝とコンクリートで固められている。雨になるとここに水が流れ込み悪臭を発するそう・・・。


 最後にみなさま、子どもちゃんたちお疲れ様でした。元気な子ども達に私はエネルギーをすいとられそうだったよ・・・。
[PR]
by snowdrop-fullmoon | 2005-11-14 00:23 | 京都

鞍馬の火祭り

「ちょうさ、ようさ」
この掛声はのほかは大声を出す物もなく、
酒に酔いしれた者も見かけられなかった。
しかもそれは総て男だけの祭りである。
    志賀直哉『暗夜行路』より
d0050167_12154082.jpg アップさせるのが遅くなりましたが、10/22日に鞍馬の火祭りを見に行ってきました。一緒に見にいった友達が講義があったため、遅くいったたから、人がもうたくさんいました。公共交通手段が叡電しかないため、帰りもすごい行列でした。けど、見れてよかったです。
 ゼミの後輩に鞍馬の人がいて「鞍馬では完全階級制」だそうです。だから祭では家ごとに役割があって、それに参加するそうです。もしその年に役に合う人がいなかったら、その年はその役がないまま儀式をするそう。鞍馬ってすごいね・・。
 10/23日の深夜にはうちの近所の石座神社でも火祭りありました。ここの火祭りは「鞍馬の火祭の火が山を下りてきて」という意味で火祭りをするそうです。去年は見に行ったけど、今年は鞍馬を見に行ったので起きるのは無理でした(。_。:)r
[PR]
by snowdrop-fullmoon | 2005-10-24 12:13 | 京都

祇園祭

d0050167_1085877.jpg
 おととい、四条を歩いていたら、鉾建てました。そのために四条はいつも以上に大混雑!
この山鉾を見ると本格的なを感じますねー(^ー^)
この鉾は四条烏丸西入に建ってた「函谷鉾」です。 

 ではでは、久しぶりに京都について語ってみましょう。
 
「祇園祭」って宵山の祇園囃子と粽売り、次の日の山鉾巡行の交差点の辻回しっていうイメージが大きくないですか?実はアレは一ヶ月に及ぶ祇園祭のほんの一部でしかないのです。山鉾は街を清めるという役割でメインではないのです。メインは八坂神社から出発する3基の神輿です。
 祇園祭はまずは7/1の吉符入から始まります。これは神事始めのことで、祭の打ち合わせと一ヶ月の無事を祈ります。そして、最後は7/31に八坂神社の疫神社で大茅環を設けて夏越祓が行われます。間にいろんなことがありますが、省略するので、気になる人は京都検定の公式テキストのp.183~をご参照ください。 
 そもそも、祇園祭と言うのは京都のトイレ事情と深い関係があります平安時代の人はウンコを道でしていたようです(室内はおまる)。そのため、都中にウンチが散乱していて、そこから病気が発生したみたいです。その衛生状態から病気が広がったなんて知らない平安時代の人は神の祟り(疫病)と勘違いして、神輿をたついで神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりだそうです。最初は疫病が流行したときだけでしたが、970年から毎年行われるようになりました。
 最初は手捧げるような鉾も南北朝時代には鉾車だ出てきて、室町時代には現在の形に近いようなものになりました。
       参考:京都・観光文化検定試験 公式テキストブック

[PR]
by snowdrop-fullmoon | 2005-07-14 10:20 | 京都
line

名前:煌月 


by snowdrop-fullmoon
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31