ささめ雪 まくら月

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カテゴリ:旅( 19 )

マラウイ報告(4)庶民の台所

 まだ、時差ぼけが治らない煌月です。
今日はマラウイの市場で見た風景をとりあげたいとおもいます。

 私が市場に行って驚いたのは、日本よりきれいに並んでいると言うことでした。
日本の店って、「商品がきれいにパッケージ」に入ってるけど、ここの商品はそのまま素でおいてあるけど、やけに美しく並んでいるのです。
 例えば・・・首都リロンゲで見たチャンボ(魚)さん。
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一山5匹ごとに売ってるのですが、美しく棚に並んでます。しかも几帳面にも魚の山ごとに底上げされてます。嘉田ママ曰く「去年までそんなことしてなかった」だそうです。これも少しでも多く見せるためなのです。
 あと野菜とかもきれいに並んでます。
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市場のどこの店を見ても、トマトは五つ一組でタワーにされています(一段目が三つその上に2つずつ器用に乗せてあります)私が村に行く途中で見つけたトマトやさん。個々なんか奥から手前にかけて、トマトの熟した順番にグラデーションに並んでます。商品を美しく見せるためにきれいに並べるマラウイ人に感激でした。

 あと、マラウイ人はとっても商売たくましいです。私達一行が市場で食料を見てるとすぐに商品を持ってきて「どう?どう?」と言ってきます。嘉田ママはすぐに「マダム!マダム!」といって人々が必死に自分の商品のアピールをしてきます。私も横で見てたら「シスター!シスター!」といってたかられます(どういうわけか、メンバーの中で私が一番たかられました;)時には「マダム」とも言われました。そんなときは「私はマダムじゃないよ~。」といって逃げます(笑)
 そんな商売魂たくましいマラウイ人。生活が苦しいと言うのもあるのですが、変な場面に出会いました。「このココナッツ一つ20クワッチャ(お金の単位)でどう?」と子どもが来ました。私は「いらないよ」と言いました。すると、「三つで100クワッチャでどう?」っていってきました。
ってか値上がりしてませんか?
そんなこともしばしばあるようです。
 これはチテンジェ(マラウイの伝統的服装である腰巻)を買いに行ったときのこと・・・
店員:マダム!(マダムじゃないって;)このチテンジェどう?
煌月:これいくら?
店員:一枚450クワッチャだよ。
煌月:三枚でいくら?
店員:一枚450クワッチャだよ!

私は疲れていて頭が回っていなくて掛け算ができませんでした。店の人もどうやら掛け算ができないみたいです・・・(゜△゜;)隣の店の店員がが掛け算してくれました。

 マラウイっていろんな意味で楽しいです。ホントにここの人たちの商売魂はすごいです。
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by snowdrop-fullmoon | 2005-09-23 12:08 |

マラウイ報告(3)マラウイの交通事情

  マラウイでは車はあまり走っていないのかと思いきや、首都リロンゲではビュンビュン車が走っています。走っている車のほとんどは日本製です。と言うのも車にでかでかと「TOYOTA」とペイントしてあります。日本では廃車扱いの車の動けるものが選ばれて輸出されているです。なかには「なんちゃら株式会社」とか「どこそこ運送」とか書かれている車も走ってました。日本製の車は頑丈なので、いいらしいです。さすがTOYOTA。(時々日産製もみる)
 マラウイの交差ってイギリス統治下の名残でロータリー式になっています。そのロータリーに様々なお花が植えてありました。交差点をわたるときはぶつからないかドキドキでしたが、sのロータリーのお花を見てると癒されます。
 しかし、首都を出るとそんなに車は走ってません。マラウイの道路はだだっ広い大地にすとんと舗装されていました。そこを時速100km以上の速さで駆け抜けていくのはとっても気持ちよかったです。その脇を人々は自転車で荷物を運んだり、頭に物を乗せて歩いています。時々ヤギが道を横断しました。どこからともなく渡ってくるヤギは少し危険だけど、かわいいモンです(^ー^)

 マラウイではバスもあります。けど、そのバスは日本のような形の車ではなく、タダの普通の車かトラックです。最初見たときはあまりにも人がぎゅうぎゅうでびっくりしました。
けど、一回だけこのバスに乗って揺られてみたいな・・・。一回だけ。
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by snowdrop-fullmoon | 2005-09-22 23:46 |

マラウイ報告(2)腹痛と食べ物

 私は実は子どもの時から体調を壊しやすく、家庭の環境外の場所に行くとすぐに体調が悪くなって「熱をだす」子でした。(の割りに一人暮らししているけど・・・;)
 
 そんな私マラウイでは熱がそんなにでなかったことは幸いだったのですが、今回は「腹痛」に苦しみました。原因は予想しているのですが、腹痛ってしんどいですね;お腹痛いから食欲がなくなるのかと思いきや、全く減らず、むしろあまりのおいしさに暴食して(フランクソン最高☆)、そして予想通りの結果。(こんなネタになってしまってすみません)
 けど、正露丸の力は偉大です。そんなお腹を治してくれるのです。正露丸でも効かない細菌が原因の腹痛も一部ありましたが・・・
 毎食、もりもり食べて、昼食後には1時間半のお昼寝タイムをして、、、それ太るわ!!って感じです。そう私は今、冬の体重に逆戻りです。実家に帰って私の姿を見た母の一言目が「おかえり!」ではなくて「あんた。。太った?」だったのです。
 さあ、もう秋だし今のうちに少し運動しとこか~。

 腹痛の話はおいておいて、私を暴食させるようなおいしかった料理たちに話を移動させます。
朝はパン、ポテト、紅茶。昼はライスかスパゲッティー、夜はこの地方の主食シマ(トウモロコシの粉を水で練ったもの)に湖で取れた魚かチキン、トマトで煮込んだチャイニーズキャベッジを頂いていました。シマは右手で頂くのですが、私は初めてシマを食べた時に「な、なにこれ・・」と戸惑いました。シマの味は日本でいう白い「ういろう」のような「白玉団子」のような感じです。白く丸い塊がお皿半分以上を占めていて、ビックリしました。しかし、今、日本に帰ってくるとシマの味が懐かしいです・・・。はあ。
 いま、チェンベ村ではトウモロコシの粉が高騰しているそうです。というのもトウモロコシ畑に入れる肥料が高騰しているそうです。うーん、この問題を考え出すと頭が痛くなる・・・(-_-;)
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by snowdrop-fullmoon | 2005-09-20 13:22 |

マラウイ報告(1)水辺の生活①

 えーと、こんばんは。
17日に帰国してから時差ぼけが直らず、その上今日父に約10年ぶりに畑の手伝いをした煌月です。
 このあたりですこしずつマラウイでのことをあげていこうと思っています。
 
 私がマラウイにいこうとおもったきっかけは前にも書いたとおり「水辺の生活」してみたかったからです。首都であるリロンゲや旧首都であるゾンバにいる時は日本とそれほど違わない生活だったのですが、ケープマクレアにあるチェンベ村に入ったら、そこはもう湖とは切って離せない生活でした。
 カーテンの間から差し込んでくるまぶしい朝日と猿がフィールドステーションの屋根を勢いよく走る音で目覚め、少し肌寒い澄んだ朝の空気のなかで、猿を横目に洗濯。ここで少し油断すると、猿たちがフィールドステーションの中に侵入し何かをぱくられるのです。洗濯が終わって、湖で顔を洗うと冷たい水でボーとしていた頭が一気に覚めるのです。
 このあたりは国立公園に指定されているのでとっても水が綺麗です。村の中心部の湖はたくさんの村人たちが洗濯したり、皿を洗ったりしていました。私も村の方の家にホームステイをして村の人の普段の生活をしました。
 飲み水は井戸から運ぶのですが、20Lもの水をヒョイっと頭の家にのせていく女の方の姿に圧倒されました。私なんてたった2~3Lぐらいの水だったけど、頭で支えるのは難しかったし、そのバケツをささえる両腕が普段使わない筋肉なので筋肉痛になってしまいました;
 あと、生まれて初めて自分のウンチを触りました。(もちろん紙で包んだ上からですが)したウンチを自分でつまんでトイレの穴に入れたのです(どうやらここの家のみの習慣みたいだそうですが・・)かなりいい体験でした。ウンチって意外と重いのですよ~(こんな事書いてしまってスミマセン・・・)
 マラウイではなぜか子どもに集られて、遊ばれて(日本でもそうなのですが)、おまけに物をねだられて・・・。でも言葉があまり通じなくても一緒に手遊びをしたり、追いかけっこをしたのはとっても楽しかったです。あー、マラウイでは子どもがとこからともなく湧いてきたのに、日本じゃあんましみないな・・。
 では、またあした。トゥオナナマーワ☆
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by snowdrop-fullmoon | 2005-09-19 22:03 |

坊ちゃん団子を食べながら・・~その2~松山城の姿

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加藤嘉明は新しいお城(松山城)を勝山に建てようと思いました。しかし、幕府は築城の許可を第二候補の山に許可する傾向にあったので、嘉明は天山、勝山、御幸寺山の三つの候補地を挙げて、一番建てたい「勝山」を第二候補にしました。案の定、幕府からは「勝山」に築城の許可が出ました。

確かに、松山市内の真ん中にどんと腰をおろす勝山。高速バスで松山市内まで来ると、右手に勝山がよく目立って見えます。これを見ると、「あーやっと来た」って感じがします。
勝山は実は二つの山を削って、谷に土を入れて、平らにしてできた山。そのため地盤が弱かったのか、はたまた、そのときの城主・松平定行が親藩という立場から、幕府の遠慮してなのか、元々五層であった松山城天守閣を三層の今の形に改修しました。
私は松山城好きですよ~。昔にライトアップしてると聞いて登った時、たくさん人がいました。なんかのイベントかな、、、と思って様子を見てると披露宴でした。私はいつの間にやら参加してたみたいでした;
私のささやかな夢は城で結婚式を挙げることです(笑)むしろ、城乗っ取りたいです←(危険)爆
   参考:『松山城の秘密』より

追伸:英語の勉強頑張りすぎたのか頭痛が・・・オヤスミなさいませ(_ _)。。。
    今日「京都検定」の改訂版テキスト届きました。私は分からん単語を辞書で引いたり、赤線でポイントとか付けまくってたのに、交換じゃないと「改訂版」と交換してくれなくて、泣く泣く交換しました。さあ、今年は12/11日にある京都検定頑張るぞー!!目指せ独学で二級(^o^)q
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by snowdrop-fullmoon | 2005-06-09 22:15 |

坊ちゃん団子を食べながら・・~その1~藩主の歴史

今回は松山城に行かなかったけど、すこし歴史に触れたいと思います。
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道後平野の中央の標高132m の勝山に建つ城「松山城」。姫路城、和歌山とともに連立式天守の平山城の代表です。
初代城主は、豊臣秀吉に使えた「賤ヶ岳の七本槍」の加藤嘉明です。
加藤嘉明はそんなに有名ではないのです。何故なら、同じ「七本槍」に同じ氏字をもつ加藤清正が居たからです。何かと比べられたみたいですよ!ちなみに嘉明は体が小さかったようです。彼の着ていたとされる甲冑を見ましたが、小さかったです。
伊予松前城主の嘉明は関ヶ原の戦いで徳川家康について、伊予半国20万石を封じられ、1602年(慶長7年)から新城と城下町を建設、松山と命名しました。築城26年かけましたが、1627年に完成を見ず、会津に国替えとなります。
二代城主蒲生忠知の死後、1635年には伊勢桑名藩主で家康の甥・松平(久松)定行が15万石で就封。親藩松山藩が誕生し、明治まで15代続きました。

蒲生忠知は30歳と言う若さでななくなり、お家断絶ということから、暴君説があります。
冬になっても泣き止まない蛙に忠知が怒ったところ蛙が春にも夏にもなくなくなったという「泣かない蛙」。忠知が大切にしていた皿を女中のお菊がなくしたという濡れ衣によって井戸に身を投げた「お菊の井戸」。世継ぎが生まれなかったことから、二の丸から望遠鏡で妊婦を見つけて、捕らえて大きな石の上でその腹を裂いたという「まないた石」。あければお家代々栄えるがあけてはお家断絶と言う箱を怒って割ってしまい、その箱の中に「お家断絶」と書かれた紙が入っていた「魔物と小箱」

と言うようにたくさん伝説があります。お菊井戸なんか姫路城などいろんなとこに存在しますよね!蒲生家は忠知だけでなく、短命の家系だったようです。
久松家は菅原道真を先祖とする家系です。松平家との関係が始まるのは徳川家康の母・於大の方が久松俊勝(三代藩主・松平定行の祖父)に所に再婚したのがきっかけでした。つまり定行の父・定勝と家康は父違いの兄弟なのです。
しかし、親藩であったがために幕末では活躍することはできませんでした・・・
   『松山城の秘密』、『名城を行くー松山・今治』より
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by snowdrop-fullmoon | 2005-06-08 23:18 |

日傘は必需品の旅~その3~旅の余韻

今日はH家のお母上に頂いた「坊ちゃん団子」をおいしくいただきました。ご馳走様です♪♪
松山の銘菓といえば「坊ちゃん団子」「タルト」「しょうゆもち」。私は個人的にタルト大好きです。あんこは美味でございます~(笑)

坊ちゃん団子とはその名のとおり『坊ちゃん(著者:夏目漱石)』に登場することで有名です。
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「或る晩道後という所へ行って団子を食つた。此の道後という所は温泉のある町で、城下から汽車だと十分ばかり徒歩で三十分で行かれる。
料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊郭がある。おれの這入った団子屋は遊郭の入口にあって大変うまいという評判だから温泉の帰りがけに一寸食って見た。今度は誰も知るまいと思って翌日すました顔をして学校へ行ってみると、一時間目の教室へ這入ると団子二皿7銭と書いてある実際おれは二皿食って7銭拂った。
どうも厄介な奴等だ。二時間目にも屹度何かあるのかと思うと遊郭の団子旨い旨いと書かれている」
作者が少年時代伊豫松山中学校に英語の教師として赴任中道後温泉の入浴しこの団子を食った。その当時の遊郭入口の団子屋は移転して現在のつぼや菓子店である。
    『坊ちゃん団子 元祖道後つぼや菓子舗 のパッケージ』より

坊ちゃん団子は5cmほどの串に刺さった団子なのですが、道後の商店街に行くと巨大な坊ちゃん団子あります(笑)団子一玉が握りこぶしぐらいの大きさなのです。

ついでにいうとタルトはこんな歴史があります。↓
幕府はオランダ以外の貿易を禁止し、長崎出島のみ通商を行いました。松平定行(松山藩主・一代目)は天保元年(1644)に長崎探題を命じられ、長崎屋敷を与えられました。天保4年にはポルトガルの黒船2隻が入港したため、長崎に赴き、黒船との交渉にあたっています。そのときの産物がタルトでした。「タルト」はカステラの中にジャムが入っているものだったそうですが、カステラに餡を使い「の」の字に巻いたものは定行公が考案されたとといいます。
   『城と藩主と城下の基礎知識 松山の秘密』より

ちなみにこのタルトは商品化されるまでは松平(久松)家の秘伝のお菓子だったらしいですよー。
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by snowdrop-fullmoon | 2005-06-07 23:11 |

日傘は必需品の旅~その2~

6日は京都行き高速バスの時間まで時間があったので道後へ行きました。
「ぎやまん(江戸後期~大正に使われた生活のガラス用品)館」と、湯神社と伊佐爾波神社と湯築城跡と道後温泉の足湯へ行きました。松山城は囲まれて改修工事中でした。
伊佐爾波神社はもともと伊佐爾波岡にありましたが、河野氏が湯築城を建設するときに今の地へ移されました。松山藩主・松平(久松)定長氏が時の将軍に流鏑馬を命じられ、金的を当てれば石清水と同じものをたてる、と神に祈ると、見事に的に命中。京都の石清水八幡宮、大分の宇佐八幡宮と並ぶ荘重な八幡造りの社殿を建立したといいます。

湯築城は鎌倉時代~戦国にかけてこの地を治めていた河野氏の居城でした。しかし、秀吉の四国平定で領地を失い、最後の家督・通直が死去し、河野氏は滅亡してしまいます。湯築城の石垣や木材は松山城に活用され、今は道後公園となっています。

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↑伊佐爾波神社↑神社の赤に空の青の対照が美しい!
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↑湯築城跡↑今は公園。お花がきれいだったなー。けど公園にはおじさま方がベンチで昼寝しててすこし怖かった。。

今回の旅は暑かったけど、楽しかったな(^-^)やっぱ、南の方は日傘必需品です。
(京都の人は黒い日傘が多いのに、松山は白い日傘が多い)

忙しい中、いつも突然やってくる煌月を優しくむかえてくださるH家の皆様ありがとうございました。「坊ちゃん団子」もオミヤにありがとうございます。
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by snowdrop-fullmoon | 2005-06-07 00:34 |

日傘は必需品の旅~その1~

どうも。久しく書き込みました。ただいまです。
煌月は6/4~6にかけて松山にいってきました。京都駅八条口からバスに乗ること五時間。かなり疲れました・・けど途中で初めて「鳴門海峡の渦潮」を見ることができて嬉しかったです。

6日はつくと結構疲れたので、「たかの子温泉」行って疲れをとって早めに休みました。
7日はどこ行こうか迷ったけど、「高知」に行くことにしました。
ちょうど日曜だったので高知市の県庁前通に「日曜市」というものがあるらしく、それを見ることと、高知城を目的にいきました。愛媛と高知は隣り合わせの県にもかかわらず、高速バスで二時間半。遠かったです・・
まず高知に来たときの気持ちは日差しが痛い!そして街路樹がヤシ!もう南国。私は高知に着くと真っ先に目指したものは、もちろん「高知城」!!私は「功名が辻(著者:司馬遼太郎)」を読んでから、行きたくて行きたくてしょうがなかったから、行けて嬉しかったなーv vふふふ。これで、四国で大きなお城でまだ攻略してないのは「徳島城」だけや。
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高知城を見た後、帰りのバスまで時間があったから、桂浜へいきました。海というものが身近にない私にとって、桂浜に感動させられました。桂浜は太平洋なので、なんと海の水の美しいこと!!瀬戸内海や日本海は全然違う!黒潮の海から打ち寄せる白波のとても澄んでました。思わずそんな風景に魅せられて「われは海の子 白波の~♪」と歌ってしまいました(笑)
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結局、高知では高知城と桂浜しか行ってないけど(路面電車で「桟橋」に行くと桟橋があるのかと思いきや、ただの住宅地だった)、充実してたなー。今度は時間がなくて行けなかった「牧野植物園」に行きたいな(^ー^)牧野富太郎さんはすごい人です。
小学校を二年で退学してから、自然を師として独学で植物を研究して、東大植物研究室で植物の分類に打ち込み、日本の植物学を世界のレベルまでに引き上げる業績を次々残しました。

今度高知に来るときこそ・・・
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by snowdrop-fullmoon | 2005-06-07 00:00 |
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名前:煌月 


by snowdrop-fullmoon
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