ささめ雪 まくら月

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日傘は必需品の旅~その3~旅の余韻

今日はH家のお母上に頂いた「坊ちゃん団子」をおいしくいただきました。ご馳走様です♪♪
松山の銘菓といえば「坊ちゃん団子」「タルト」「しょうゆもち」。私は個人的にタルト大好きです。あんこは美味でございます~(笑)

坊ちゃん団子とはその名のとおり『坊ちゃん(著者:夏目漱石)』に登場することで有名です。
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「或る晩道後という所へ行って団子を食つた。此の道後という所は温泉のある町で、城下から汽車だと十分ばかり徒歩で三十分で行かれる。
料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊郭がある。おれの這入った団子屋は遊郭の入口にあって大変うまいという評判だから温泉の帰りがけに一寸食って見た。今度は誰も知るまいと思って翌日すました顔をして学校へ行ってみると、一時間目の教室へ這入ると団子二皿7銭と書いてある実際おれは二皿食って7銭拂った。
どうも厄介な奴等だ。二時間目にも屹度何かあるのかと思うと遊郭の団子旨い旨いと書かれている」
作者が少年時代伊豫松山中学校に英語の教師として赴任中道後温泉の入浴しこの団子を食った。その当時の遊郭入口の団子屋は移転して現在のつぼや菓子店である。
    『坊ちゃん団子 元祖道後つぼや菓子舗 のパッケージ』より

坊ちゃん団子は5cmほどの串に刺さった団子なのですが、道後の商店街に行くと巨大な坊ちゃん団子あります(笑)団子一玉が握りこぶしぐらいの大きさなのです。

ついでにいうとタルトはこんな歴史があります。↓
幕府はオランダ以外の貿易を禁止し、長崎出島のみ通商を行いました。松平定行(松山藩主・一代目)は天保元年(1644)に長崎探題を命じられ、長崎屋敷を与えられました。天保4年にはポルトガルの黒船2隻が入港したため、長崎に赴き、黒船との交渉にあたっています。そのときの産物がタルトでした。「タルト」はカステラの中にジャムが入っているものだったそうですが、カステラに餡を使い「の」の字に巻いたものは定行公が考案されたとといいます。
   『城と藩主と城下の基礎知識 松山の秘密』より

ちなみにこのタルトは商品化されるまでは松平(久松)家の秘伝のお菓子だったらしいですよー。
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by snowdrop-fullmoon | 2005-06-07 23:11 |
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名前:煌月 


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