ささめ雪 まくら月

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東風吹かば匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

 私の大好きな一首です。
本文とはあまり関係ないけど、今日は天神さんに行ったので題をこうつけました。

 今日は私が日々お世話になっている「子どもと川とまちのフォーラム」の子ども達と紙屋川歩きに行きました。集合地点は北野天満宮。私は集合より早めについてしまったので境内を散策していました。モミジもほんのり色づき始め朝日に照らされとてもきれいでした。そういえば七五三の時期だったのでその家族らしき人もたくさん朝からお参りしていました。
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色づき始めた北野天満宮のモミジ

 
 北野天満宮といえば菅原道真。903年に道真が無実の罪で流されてしまった大宰府で死ぬと、以後の京都では雷火、地震などが起こりこれを道真の祟りとして974に祭って創建されました。その十数年後には学問の神様としても広く崇敬を集めるようになったと言われています。
            参考:ひとり歩きの京都

 紙屋川歩きの始まりは天神さんの境内をくぐって、梅花祭でしか入れないというトクベツな場所を今回の川歩きでは特別に入らせていただきました。その場所は御土居の場所でした。御土居とは豊臣秀吉が京都の城壁を兼ねて作った土の壁で、京都の市外を洛中、外を洛外に分けるという役割。他の要因として京都を水害から守るために作ったと言われています。京都の新京極三条を南にいったときにちょっと坂があるのはご存知でしょうか?「たらたら坂」と言われていますが、あれも御土居の遺跡と言われています。その御土居を下りて紙屋川の様子を見ました。やっぱり神社のすぐ横なので、川がとてもきれいでした。※一般の方はここへは入れません。
御土居はただ土が盛ってあるだけなので、その御土居が崩れないように楓が植えてあります。その楓はもうすぐすると真っ赤に燃えるように紅葉するそうです。見てみたいけど、私たちには見れません・・・。
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 真ん中に見える石樋は北野天満宮にある古井戸とつながっており、もしもの時の抜け道の役割を果たしていたと伝わっている。


 それから私たち一行は紙屋川を遡って、だいたい北大路の辺りまで来ました。途中の川では川に蓋をしてしまって駐車場になっているとこがありました。ここが典型的な「川に蓋」になりつつある光景を目の当たりにしました。この川に蓋をしたところの駐車料金は高くはないそうです。だからこの近所の家では駐車場になっている家がたくさんありました。あと、途中で川に降りたのですが、昭和10年の水害以降の河川改修で川が掘り下げてあったので、川底に下りるのが一苦労でした(´△`)

 今回歩いた紙屋川はすっと昔、「西堀川」と言われていました。私の調査地である堀川は「東堀川」と言われていました。平安京ができた頃大内裏を中心に対に作られた川です。これらは町の木材を運ぶために開削されました。堀川と比べるとまだ水が流れていて、生き物もいてマシでした。今回は遡ったけど、今度は下りたいなー。
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 現在の堀川通。側面は石でできているがそこは溝とコンクリートで固められている。雨になるとここに水が流れ込み悪臭を発するそう・・・。


 最後にみなさま、子どもちゃんたちお疲れ様でした。元気な子ども達に私はエネルギーをすいとられそうだったよ・・・。
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by snowdrop-fullmoon | 2005-11-14 00:23 | 京都
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名前:煌月 


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